2010年01月17日

15年目の1.17

被災者として1.17は辛い日です。
親戚や知人が誰も亡くなっていないので、今まで鎮魂の舞台に出ることは控えてました。
身内が亡くなった方々、知人が亡くなった方々、その心の痛みに比べて私などは甘っちょろいと引け目を感じてたからです。
でも17日の後に見たものは私にとってはまさしく「地獄」のような光景でした。
常識やロジックを越えた初めての体験。
多分、まだ傷が癒えてないのかもしれません。


今日、15年経って、被災後、神戸を離れた四国の知人が、「自分の住んでいたマンションを訪ねてみたいから」と突然訪ねて来ました。私と同じ町に住んでた被災者です。15年経ってやっとそんな気分になったそうです。彼は当時としては最新のビデオを持っていて震災の日からフィルムを回して近所の被災状況を撮っていました。生々しい映像を見せて貰いました。
心凍る思いでした。


神戸の人なら誰もが経験したあの日の「心フリーズした思い」。
誰もが経験した「昨日までとは全く異なる家の中」「周りの環境」。
あの「呆然自失の自分」。
あまりに大きな経験は、やはり15年経っても「まだ」癒えることはないのでしょう。


15年を経て初めて行った東遊園地。
夕方の蝋燭の点灯を見て、心の中で犠牲者に祈り謝罪しました。
「何もしてあげられなくてご免なさい」「自分のことで精一杯だったのです」と。


神戸は忘れない。

その後、夕食を食べに行った焼鳥屋に年配の何処かの社長夫婦が来ました。
1.17の思い出を語るうちに、彼は泣き出しました。「社員が励ましてくれたので会社を続けられたんだ」「体験者でないと分からないことがある」と感極まった大のおとな。
それが現実なんだと思いました。

報道番組だけでは伝わらない150万人それぞれの重い体験があります。
安易な番組は作って欲しくない。東京の視点だけで報道をして欲しくない、そんな気持ちを持った一週間でした。
これでもか、これでもかと、瓦礫の町や火災の町を映像で映し出し、ネタとして大震災を取り上げる姿勢には疑問を持ちます。

そっとしておくのがいいのか、思い出させるほうがいいのか。難しいけれど、少なくとも被災者の心に寄り添う姿勢は必要だと思います。

でも15年経っても、未だに泣く男と泣く女、泣く母と泣く父、泣く子どもはいるのです。








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この記事へのコメント
いつも見させていただいてます
これからも続けてほしいです♪
Posted by dfjkloi at 2010年01月25日 16:35
dfjkloiさん
あまり更新してないのに、ありがとうございます。
Posted by 李欧 at 2010年01月26日 11:05
また遊びに来ますね♪
Posted by gf at 2010年01月28日 17:22
gfさん いつでも遊びに来て下さい。
Posted by 李欧 at 2010年01月28日 21:22
Good morning!!
いつも見させていただいてます
これからも続けてほしいです♪
Posted by OWWJ at 2010年01月29日 13:55
owwj さん
有難うございます。
Posted by 李欧 at 2010年01月29日 14:40
この記事を読んでいて 涙がでてきました 体験した人でないと本当の悲惨さはわかりません、いまだ傷の癒えない人が沢山いると思うと 悲しいですね
Posted by かよちゃん at 2010年02月06日 17:02
かよちゃん 先ずは語り継ぐことでしょうね。
15年経って、少し客観的に話せるようになりました。
Posted by 李欧 at 2010年02月07日 14:52
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