2008年11月11日
仏像パラダイス
東大寺・法華堂(三月堂)の本尊。不空羂索観音は「ふくうけんさくかんのん」。
もれなく(不空)縄(羂索)で人々を救ってくれる存在と言う意味です。

東大寺と言えば「大仏殿」が有名ですが、広い境内の東の高台を「上院」と呼び、二月堂・三月堂・四月堂などが固まっています。
広い階段を登ると先ず「三月堂」が見えてきます。

三月堂には16の仏像がところ狭しと立っていて、12体は国宝。4体は重文。
日光・月光菩薩はもちろん国宝です。

本尊のほか、「梵天」「帝釈天」私の好きな「四天王」「阿吽の2体金剛力士」「執金剛神(未公開)」が国宝。
「吉祥天」「弁財天」「地蔵菩薩」「不動明王」が重文。しかも殆どが2m以上の巨大な像です。
京都の「東寺」にもこれに匹敵する像が並んでますが、三月堂の仏像は殆どが天平時代の作、東寺より古いのが特徴。
三月堂のお隣には「お水取り」の舞台として名高い二月堂がそびえています。

関西の春は「奈良のお水取り」から。大たいまつが左の階段回廊を駆け上がります。

二月堂の軒にぶら下がる「提灯」。

高台にあるので大仏殿や奈良盆地、遠く生駒山まで一望できます。
二月堂の舞台から。

二月堂・三月堂の向かいには四角い「四月堂」もあり拝観可能です。

上院の坂を登る途中には東大寺創建当時の「梵鐘」(26トン)が有り日本三名鐘のひとつとか。
古代の梵鐘ではアジア最大、天平の大仏開眼の際に撞かれたと言うから驚き!大仏と釣り合いの取れた大きさです。

その昔、大仏殿の東西には70mの高さの七重塔が有り、塔の上には更に23.3mの九輪(相輪)が乗っていたと言う。
計100mにも及ぶ七重塔、残っていればさぞや壮観なことでしょう。
上院への登り口にある「七重塔の相輪(模造)」。

さあ夕方になってきました。あちこちから鹿の鳴声が聞こえてきます。
お腹が空いたよ~!お母さん迎えに来て~! それにしても子鹿の鳴声は何と哀しい心細い声をしてるのでしょう。

奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき 猿丸太夫
猿丸太夫の百人一首の歌を思い出しました。
でも、実はこの歌は、晩秋になればオスを呼ぶ交尾期のメスの鳴声が聞こえると言う歌だったのです。
でも上記写真の小鹿が盛んに鳴くものですから、てっきり「母を呼ぶ子の鳴声」だと思ったのでした。
おませな子鹿ですね!
もれなく(不空)縄(羂索)で人々を救ってくれる存在と言う意味です。
東大寺と言えば「大仏殿」が有名ですが、広い境内の東の高台を「上院」と呼び、二月堂・三月堂・四月堂などが固まっています。
広い階段を登ると先ず「三月堂」が見えてきます。
三月堂には16の仏像がところ狭しと立っていて、12体は国宝。4体は重文。
日光・月光菩薩はもちろん国宝です。
本尊のほか、「梵天」「帝釈天」私の好きな「四天王」「阿吽の2体金剛力士」「執金剛神(未公開)」が国宝。
「吉祥天」「弁財天」「地蔵菩薩」「不動明王」が重文。しかも殆どが2m以上の巨大な像です。
京都の「東寺」にもこれに匹敵する像が並んでますが、三月堂の仏像は殆どが天平時代の作、東寺より古いのが特徴。
三月堂のお隣には「お水取り」の舞台として名高い二月堂がそびえています。
関西の春は「奈良のお水取り」から。大たいまつが左の階段回廊を駆け上がります。
二月堂の軒にぶら下がる「提灯」。
高台にあるので大仏殿や奈良盆地、遠く生駒山まで一望できます。
二月堂の舞台から。
二月堂・三月堂の向かいには四角い「四月堂」もあり拝観可能です。
上院の坂を登る途中には東大寺創建当時の「梵鐘」(26トン)が有り日本三名鐘のひとつとか。
古代の梵鐘ではアジア最大、天平の大仏開眼の際に撞かれたと言うから驚き!大仏と釣り合いの取れた大きさです。
その昔、大仏殿の東西には70mの高さの七重塔が有り、塔の上には更に23.3mの九輪(相輪)が乗っていたと言う。
計100mにも及ぶ七重塔、残っていればさぞや壮観なことでしょう。
上院への登り口にある「七重塔の相輪(模造)」。
さあ夕方になってきました。あちこちから鹿の鳴声が聞こえてきます。
お腹が空いたよ~!お母さん迎えに来て~! それにしても子鹿の鳴声は何と哀しい心細い声をしてるのでしょう。
奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき 猿丸太夫
猿丸太夫の百人一首の歌を思い出しました。
でも、実はこの歌は、晩秋になればオスを呼ぶ交尾期のメスの鳴声が聞こえると言う歌だったのです。
でも上記写真の小鹿が盛んに鳴くものですから、てっきり「母を呼ぶ子の鳴声」だと思ったのでした。
おませな子鹿ですね!
2008年11月11日
正倉院展~花開く1300年前の夢~
平螺鈿(へいらでん)背八角鏡(はいのはっかくきょう)。直径32.8cm。

白銅製。螺鈿はヤコウガイ、赤い花弁は金泥の上に琥珀をかぶせたもの。漢~唐時代の中国製。
アップ画像。

何とも見事な鏡の背面の装飾。保存状態がいいのでまるで現代の精密工芸品にも見えます。
西暦756年、聖武天皇が56歳で亡くなった時に天皇が大切にしていた品々を東大寺の大仏に光明皇后の命で献納されたのが正倉院宝物の始まりとされています。今から1252年前に既に在った宝物なので製造されたのはもっと前のことでしょう。

1年に1度開催される正倉院展は10月25日~11月10日(奈良国立博物館・新館)。
その最終日に行って来ました。
週末は2~3時間待ちが普通だったそうですが、さすがに最終日は直ぐに入館出来ました。

白瑠璃(はくるり)碗。ガラス製の切子碗。直径12cm。

5~6世紀のササン朝ペルシア製。はるばるシルクロードを越えて日本にやって来たと言う。
(円形切子の数は全体で80にも及ぶ)下部に鏡を敷き浮かして展示してあるのでまるで黄金の万華鏡のようでした。
1946年から公開が始まり今年で60回目。今回は69件の宝物が出品。
ユーモラスなココヤシの容器、内部は漆塗り。

当時の出勤簿や休暇願いなども展示され、タイムスリップしたような国宝芸術とは別の意味でも面白い正倉院展でした。
図録表紙。

新館の隣の本館では「仏教美術の名品展」が12月まで開催されていて、これがまた見どころいっぱいの仏像や彫刻の数々。興福寺の四天王、東大寺の仮面、ガンダーラ彫刻、中国の仏像、聖徳太子像など、さすがは奈良国立博物館!と、うなりました。

白銅製。螺鈿はヤコウガイ、赤い花弁は金泥の上に琥珀をかぶせたもの。漢~唐時代の中国製。
アップ画像。
何とも見事な鏡の背面の装飾。保存状態がいいのでまるで現代の精密工芸品にも見えます。
西暦756年、聖武天皇が56歳で亡くなった時に天皇が大切にしていた品々を東大寺の大仏に光明皇后の命で献納されたのが正倉院宝物の始まりとされています。今から1252年前に既に在った宝物なので製造されたのはもっと前のことでしょう。
1年に1度開催される正倉院展は10月25日~11月10日(奈良国立博物館・新館)。
その最終日に行って来ました。
週末は2~3時間待ちが普通だったそうですが、さすがに最終日は直ぐに入館出来ました。
白瑠璃(はくるり)碗。ガラス製の切子碗。直径12cm。
5~6世紀のササン朝ペルシア製。はるばるシルクロードを越えて日本にやって来たと言う。
(円形切子の数は全体で80にも及ぶ)下部に鏡を敷き浮かして展示してあるのでまるで黄金の万華鏡のようでした。
1946年から公開が始まり今年で60回目。今回は69件の宝物が出品。
ユーモラスなココヤシの容器、内部は漆塗り。
当時の出勤簿や休暇願いなども展示され、タイムスリップしたような国宝芸術とは別の意味でも面白い正倉院展でした。
図録表紙。
新館の隣の本館では「仏教美術の名品展」が12月まで開催されていて、これがまた見どころいっぱいの仏像や彫刻の数々。興福寺の四天王、東大寺の仮面、ガンダーラ彫刻、中国の仏像、聖徳太子像など、さすがは奈良国立博物館!と、うなりました。


