2013年01月03日

年末・年始

年末・年始を利用して名古屋と京都に行って来ました。

名古屋しかホテルが空いてなかったせいもあるが、気軽にデジカメは持たずに行った。これは携帯で撮った岡崎城。徳川家康ゆかりの城です。

ついでに熱田神宮に大晦日に参拝。でも結構な人出がありました。




一旦、家に帰り今度は京都へ。
ホテルに飾られていた昔の婚礼の輿。


世界遺産・二条城


世界各国の観光客でにぎわっていました。
国宝・二の丸御殿。

広いお庭の石も水も松も寒々と。

昔は天守閣があったそうですが、雷が落ちて消失したそうです。天主跡から城内を望む。

本丸御殿。

世界遺産・二条城の看板。

二重のお堀に囲まれた二条城です。


京の冬は寒い。
身体を温めるにはお酒が一番。良く行く三条木屋町の「京のおばんざい・治六亭」へ。

蔵元・黄桜の直営店だけにお酒はすべて揃っています。

おばんざいセットは1,000円でいろんな種類が揃いお得です。

京のお正月と言えば「棒だら」煮。

じろく亭の斜め前には高瀬川を挟んで安藤忠雄設計のテナントビルがあります。
  


Posted by 李欧 at 17:01Comments(0)旅 我流

2012年01月02日

暮れの名古屋

暮れの名古屋に行きました。

栄のシンボル「セントラルパーク」。TV塔から。

TV塔は恋人たちの聖地だとか・・。とってつけたような金に輝くハートのオブジェが展望台に鎮座してます。


名古屋駅には3つの高層ビルが目立ちます。1つは隠れていますが・・・。


少し前に降った大雪で遠く西に見える伊吹山は真っ白に冠雪。

遠く雪の乗鞍も見えていたのですが、残念ながらカメラでは写りませんでした。

犬山城にも足を延ばしました。


城内は年末は入られませんでしたが、直ぐそばを流れる木曽川を渡りました。


大河・木曽川を渡ると川向こうはもう岐阜県です。


大晦日なのにすっかり迎春の準備が整った神社。


初詣には市内の大須観音に寄りました。大須のういろうでお馴染みの大須です。


門前町・仁王門通は「こっちですよ」とビルの壁面に表示がありました。


本堂内は年始の祈祷を願う人々で混雑してます。


善男・善女で賑わう大須観音。小振りながら活力ある神社です。


名古屋の西部は海抜ゼロメートル地帯。東海・南海沖地震の津波が気になります。


なんばから名古屋は2時間少々。3.200円で電車もよく空いてます。

  


Posted by 李欧 at 10:30Comments(0)旅 我流

2011年05月10日

三河の小京都

全国に小京都と呼ばれる町は多いけれど、最近「三河の小京都」と呼ばれるようになった「西尾市」に行きました。

西尾城・本丸丑寅櫓 13世紀、足利義氏が築城したと言われています。


城跡と言っても規模は小さく、こじんまりした施設が集まっています。鍮石門(ちゅうしゃくもん)。

旧近衛邸の庭「椿苑」。


本丸から西尾市資料館を見下す。


資料館は無料で西尾の祭り展示や古い甲冑が展示してありました。


小京都と言っても、古い町並みがまとまってあるのではなく、古いお寺や建物が点在している、と言う感じです。
昭和初期に豪商が立てた「尚古荘」(しょうこそう)。お城の入り口にあります。


比較的古い町並み。


呉服屋、大黒屋はちょっと妙な色づかいの建物でした。


西尾市観光協会  http://www.240kanko.com/

時間がまだあったので、隣の駅「福地」にあるJA西三河、西尾市「憩いの農園」のバラ園を見に行きました。
西尾は名鉄・名古屋から急行で50分くらい。名鉄・西尾線で乗り換えなしで行けます。  


Posted by 李欧 at 14:25Comments(0)旅 我流

2011年04月17日

四国の珍島物語

香川県の西の端に小さな半島があります。今は三豊市になっている詫間(たくま)町です。
風光明媚な庄内半島に行きました。

干潟の夕景


鴨の越 と言われるこの地区には引き潮になると向かいの丸山島まで歩いて渡れると言う、まるで韓国の珍島物語に出て来るような現象が見られます。♪海が割れるのよ~♪道が出来るのよ~♪ 勿論、韓国の珍島ほど大規模ではありませんが。写真は干潟の南側。


干潟の南側はこのように、大潮に近いときの干潮時には砂浜づたいに渡れるようになっています。

この日は丁度大潮に当たっていたので、干潮時の潮位も凄く下がっていて、写真の堤防の色が変わってるあたりまで満潮のときは海になります。


丸山島は無人島ですが、神社だけがありました。


神社前の堤防には、鳥の糞まみれになった浦島太郎の石像が。

実は、ここ詫間町は浦島伝説の町なのです。町の通りの街灯は竜宮城をモチーフにした傘がズラーっとぶら下がっていました。


鴨の越 黄色い三角形のところが干潮には干潟になり、満潮で海の底になります。


干潟の北側は小さな島と岩場になります。


そして、干潟では潮干狩りが。


熊手で小石を掘り返すと、こんなに浅利が。

マテ貝も。


石をひっくり返すと、カレイの赤ちゃんが取り残されていました。


丸山島の裏側は緑の表とは裏腹にこんな断崖絶壁。


庄内半島への往路。なにやら風情のあるお寺がありました。

屏風浦・海岸寺

四国別格二十霊場 第十八番札所「海岸寺」は海の直ぐそばの丘にあり、花の寺としても有名だとか。

桜は盛りを過ぎてましたが、黄色い花が綺麗でした。

奥の院から本坊の三重の塔をのぞむ。


奥の院 文殊堂の前の「知恵の輪」
これで賢くなれれば言うことなし、なんですが。


海岸寺の前も大潮なので干潟がつながっていました。


ま、人生こんなものか、と癒してくれる石像。
羅漢さんかな?


三豊市 鴨の越 http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=2016

海岸寺 http://kaiganji.jp/  


Posted by 李欧 at 17:27Comments(3)旅 我流

2011年01月03日

東海道・有松宿

名古屋市・緑区の有松に行って来ました。


ここは古く東海道の宿場町で「有松絞り」でも有名なところです。

名古屋から名鉄で30分。名古屋市の東南のはずれです。


駅前の十字路を曲がると、先ずこんな風景が飛び込んで来ました。それだけでタイムスリップです。

たくさんの有形文化財が点在する街道筋。井桁屋。


大晦日だったので、残念ながら「鳴海・有松 絞り会館」は休館。
神半邸を裏から見たところです。


竹田邸


江戸時代の代表的な商家・岡邸。現在も人が住んでいました。


屋根の上には古い行灯看板が。


小塚邸には隣家との火災予防の「うだつ」が見られました。


からくり人形を乗せた数台の「「山車」が10月には町を練り歩くそうです。見てみたいなあ!

唐子車の山車を収納している倉庫。

駅前には「絞り」を売っている「「やませい」がありました。

ご主人は80歳。今日で店を閉めて引退するそうです。
やませいは駅前から本店に場所を変えて営業。
名古屋市の河村市長もここの有松絞りのネクタイをご愛用だそう。

絹製品の有松絞りは「浴衣」が代表格。
女性用・男性用とあり、3万~5万(生地だけ)で総絞りの浴衣は見事です。


東海道の宿場町、初めて訪れた古き良き町並みでした。

  


Posted by 李欧 at 17:44Comments(0)旅 我流

2010年05月08日

養翠園

湯浅の帰りに和歌の浦に行きました。
和歌山は昔の紀州藩です。八代将軍になった吉宗は紀州藩では5代目の藩主でした。
十代目の藩主「徳川治宝(はるとみ)」が造営した「養翠園」が和歌の浦の麓にあります。

すぐそばが入り江なので、ここの庭園の水は海水です。中央の島には太鼓橋がかかり、先ず目を引きます。

中国の西湖を模した「三つ橋」には三つの太鼓橋もあり、どことなく異国情緒も漂います。


アヤメや紫陽花にはまだ少し時期が早かったようです。


しかし、奥御殿の庭にはつつじが満開でした。


茶室・養翠亭が池のほとりにあり、今も茶会が開かれると言います。



松の緑が鮮やかな「養翠園」を後にして、雑賀崎に向かいました。
雑賀衆や釣り、魚で有名な雑賀の丘に名勝「和歌浦」があります。


先ずは展望大浴場で旅の疲れを癒します。


大浴場には誰も居なかったので、カメラを持ってちょっと下の景色を、「パチリ!」


和歌浦って人気がないのでしょうか、大きなホテルなのに3組しか泊まってませんでした。
それがちょっと寂しい。遠くに岬や灯台、島影、入り江も望める景勝地だったのに・・・。



  


Posted by 李欧 at 16:01Comments(0)旅 我流

2010年05月06日

紀伊 湯浅

醤油発生の地、和歌山の湯浅町に行きました。


世界遺産「熊野古道」が町の真ん中を走る古い町です。

通りにはこのような案内と句があちこちにあり、これには芭蕉の句が書かれてました。

野口雨情の歌もありました。


江戸時代の道標「立石」もあり、昔の旅人には役に立っていたのでしょう。


湯浅の名物は「伝統建造物群保存地区」です。
味噌・醤油蔵の後ろの「大仙堀」


天保12年創業の「角長(かどちょう)」醤油 0737-62-2035


角長で手作り醤油「濁り醤(ひしお)」を買いました。


湯浅は「金山寺味噌」でも有名です。先に金山寺味噌が中国から伝えられて、それから醤油が生まれたと言われます。

「垣内みそ店」が全国的には有名ですが、ここ「太田久助」もいかにも手作り風味で、中味の米・大豆・麦・瓜・茄子・生姜・紫蘇すべて国内産。

ご主人が大樽から計ってパッケージに詰めてくれました。これが美味しさの秘密かな。 0737-62-2623


醤油資料館 無料


湯浅の河口の名物は「白魚」です。


白魚丼には新鮮な白魚がたっぷり乗っていました。
駅前の「かどや食堂」は湯浅の地産品が美味しい店です。 0737-62-2667


漁港の町なので、もちろん黒潮育ちのお魚も美味しいのでしょう。


もうひとつの名物は、紀伊国屋文左衛門が生まれた町だと言うこと。
幼名を「文平」と言って、文平の像までありました。


醤油、金山寺味噌、白魚、湯浅のとなりが有田市なので当然みかんもあちこちで成っています。


この季節には珍しい「なつみ」と名づけられたみかん、ホントに甘くビックリ!これで350円。


紀伊・湯浅 JR天王寺から特急で1時間15分。 ¥3,270
小振りの町なので歩いて回れます。

  


Posted by 李欧 at 15:56Comments(0)旅 我流

2009年11月17日

柳生の里

円成寺に行ったついでにバスで15分、「柳生の里」にも足を延ばしました。
初めて訪れる柳生の里は、想像以上に鄙びていて人影もまばらでした。

「もみじ橋」から見た川沿いの紅葉。

先ずは柳生藩・家老・山田主鈴(しゅれい)の屋敷だった「家老屋敷」へ。1848年竣工。


遅い菊が甲冑の前に寒々と並んで迎えてくれました。


さすが剣豪「柳生藩」の家老、床の間には「平常心」の額が・・・。


質実剛健、屋敷の庭園もすっきりしていました。


代々の柳生藩主、石舟斎宗巌(むねよし)⇒宗矩(むねのり)⇒三巌(十兵衛)などの藩主家系図も邸内に。


剣豪の里には今も道場があります。「正木坂剣禅道場」


道場の隣には、沢庵和尚が開山した柳生家の菩提寺「芳徳禅寺」があります。


芳徳寺の境内も今や秋いっぱい、錦の落ち葉を踏みしめて・・・。


黄金色の銀杏の葉っぱが折からの風に吹かれてくるくると庭を舞い落ちて来ました。


芳徳寺の裏の小高い丘には柳生一族のお墓が並んでいます。


お寺では刀剣などの資料も見られます。柳生神陰流のイラスト。


この辺りは、奈良からのハイキング・コースにもなっていて、古くからの柳生街道を歩いて来るハイカーも多い。
円成寺経由で18キロくらい。ギョッとする距離ですが、元気な中高年グループがこの日も結構いました。


家老屋敷が柳生観光案内所になっています。
0742-94-0002

近鉄奈良駅から奈良交通バスで50分。4番乗り場。
便は少ない。

参照:大阪・奈良のハイキング・コース・マップ
http://www.kintetsu.co.jp/event-hiking/sansaku/tekumap.htm





  


Posted by 李欧 at 13:56Comments(0)旅 我流

2009年09月22日

彼岸花まつり

連休中「彼岸花まつり」が行われている奈良の明日香村に行って来ました。
近鉄「飛鳥駅」から棚田の残る「稲淵」までは無料送迎バスが運行中で、稲淵に降り立つとあたりの棚田の畦には今が真っ盛りの彼岸花の帯、また帯、そして群落、緑の稲穂と赤い帯の見事なツートンカラーが広がります。


「彼岸花まつり」の目玉は「オリジナルの案山子大会」


あるは、あるは、ずらーっと並んだ手作り案山子を見ながら棚田を歩くコースが続きます。


ユニークな案山子たちに思わず頬がほころびます。


出品された「案山子一覧ボード」も有り、そこで1票を投票する仕組みになっています。


会場の「稲淵」が一番標高の高い場所にあるので、その後の飛鳥文化に触れるには下り坂を徒歩30分。
先ずはハイライトとも言うべき「石舞台古墳」に着きました。


入場料250円。蘇我馬子の墓ではないかと言われている石舞台古墳は盛り土が風化してしまい、巨大な墓の天井石が露出してしまったもの。飛鳥を代表する石舞台姿が目の当たりに見られ触れることも出来ます。
石舞台が古墳で、石棺を収める石室が石舞台であったとは初めて知りました。
だから、石舞台の下には入り口が有り誰でも入ることが出来ます。


石舞台の下からは青空も見え、何とも大らかな昔のお墓です。


石舞台からは乗り捨て御免のレンタサイクルを借り(何故かブレーキが甘く怖い思いをしましたが)、人と車で込み合う明日香村めぐりを楽しみました。
先ずは比較的最近発掘された「亀形石造物」と言う水の流れを通す祭祀場「酒船石遺跡」へ。入場料300円。

遺跡の入り口には白い彼岸花が咲いていました。


次は日本最古の大仏が有ると言われている「飛鳥寺」

建立当時は五重塔もある大伽藍だったそうですが、今は小さなお寺です。

高さ3m、黄金30㌔、銅15㌧、飛鳥大仏は609年に推古天皇の命で作られた日本最古の仏像です。


何故か堂内は撮影が許されていて、凛々しいお姿に皆さんシャッターを盛んに押していました。
入場料で600円取られたので、健康と幸運と厄除けをたった10円のお賽銭でお願い、ちょっと欲深かったかな。


周りは田圃、いかにも明日香らしい大らかな自然に囲まれた飛鳥寺です。


飛鳥寺のそばには、蘇我入鹿の首塚とされている石塚があり、のんびりコスモスが揺れていました。


聖徳太子の生誕地とされている石碑。

その石碑の奥には「橘寺」があり、やはり観光コースになっています。


明日香「彼岸花まつり」のもうひとつの目玉は「町を灯篭で飾ろう」。
道路や山門など、いたるところに紙コップのような「灯篭」が並べられ、夜はさぞ幻想的で綺麗なことでしょう。
「橘寺」の前の「川原寺跡」の広い芝生にも点灯を待つ小さな灯篭が出番待ちをしていました。


「灯篭まつり」や「石舞台での劇」も見たかったけれど、それでは帰りが億劫になってしまいます。
「また来ればいいや」と言う気持ちで、吉野発ーあべの橋行きの特急に乗り夕方大阪に帰りました。

近鉄「飛鳥駅」は吉野行き特急で40分。特急券は500円。
勿論、運賃だけの「急行」も1時間に2本運行されています。
いずれも「難波」ではなく天王寺の「あべの橋」から。




  


Posted by 李欧 at 17:31Comments(4)旅 我流

2009年08月28日

伊吹山

いつも新幹線から見ているだけの「伊吹山」に初めて登りました。
登った、と生意気に言っても8合目まではJR関ヶ原駅から「名阪近鉄バス」です。

コオニユリ

8合目1,200メートルまではバスで行き、そこから石ころだらけの登山道を歩くのです。

これは結構キツイ登り坂です。でも途中のお花畑が素晴らしい!!


小伊吹アザミ


シモツケソウ


サラシナショウマ


瑠璃トラノオ


オオバギボウシ


グンナイフウロ


吾亦紅(われもこう)

山頂は雲と霧に覆われ、とても寒い!伊吹山の観測史上最高気温は28度だそうです。


勿論、山頂にはみやげ物屋やお寺や休憩所はあるけど、夏休みとは言え、皆寒そうに震えていました。
観測所跡も霧にかすんでました。


晴れていたら、琵琶湖や濃尾平野・名古屋、アルプスも一望とか。
僅かに関ヶ原の古戦場跡が雲の切れ間から望めました。


滋賀県と岐阜県の間にそそり立つ伊吹山は、日本海から直接風が当たるので、冬は真っ先に雪化粧します。
そして麓の「関ヶ原」には雪が積もり、新幹線も立ち往生、これは有名です。
名古屋から国道1号線に沿って三重県経由で新幹線を作れば良かった、とは後の祭り。
政治家の思惑が後々まで祟りますね。


9月まではバスが通う伊吹山、山頂周遊に2時間もあれば充分です。


帰りは名古屋に寄って、旅の疲れを癒し、美味しい味を楽しみました。
帰りは近鉄特急で難波、そして神戸まで。

雲に隠れた山頂付近。





  


Posted by 李欧 at 23:24Comments(2)旅 我流

2008年12月09日

牧野植物園

「おおつわぶき」の花


冬枯れの植物園はあまり花もなく「華やかさ」の点では季節はずれでした。

「日本の植物分類学の父」牧野富太郎(1862年~1957年)の希望で五台山に造られた「県立牧野植物園」。
約18haの広大な園内には「温室」「展示館」「寒蘭センター」「牧野文庫」などが多くの木々や草花と一緒に配置されてます。
展示館内部。


「植物と酒」をテーマにした特別展がちょうど始まっていました。


牧野博士ゆかりの野生植物など約3,000種が育てられ、郷土の大研究家のフィールドワークの集大成とも言える植物園です。


今回の高知旅行は、ローカル線への旅の要素もありました。
香川県と高知県・中村を結ぶ「土讃線」はローカル線ではないけれど、途中、大歩危・小歩危などの難所を抱えてるために全線が線開通したのは昭和10年のことでした。

今年の2月に完成した新JR高知駅。大アーチの裏には土佐杉の板が真新しい。高知県は面積の84%が森林と言う全国一の森の県、地産地消がご自慢の駅舎です。

土讃線は殆どが単線。そのため行き違い列車を「待つ時間が長い」。のんびり田舎の駅周辺の風情を楽しむのはいいけれど、それも程度問題。高知から更に西に向かって1時間あまり、各駅停車は何もない町「斗賀野」に着きました。

北を四国山地で阻まれた高知はJR開通の歴史も遅く、大正13年に先ず「須崎ー高知」が開通し、翌14年に「高知ー土佐山田」が開通。高知県内だけで独立して運行されていました。
祖父が「斗賀野」と「土佐山田」の開設当時の駅長をしていたと言うのでドサ周りを兼ねて見て来ました。

大正時代の駅長はそれでも町の名士だったそうな。見たことも会ったこともない男の時代へのタイムスリップ、いくら想像をめぐらせても都会人には空回り、余りにも寒々とした光景が広がっていました(失礼)。


当時住んでいた(と聞いていた)家の跡は「空き地」に。それでも大きな木が1本堂々と聳えていたのは奔放だったと聞く伊達男の何かの証でしょうか。


あまり感傷も感動もないまま高知に戻り、今夜は庶民的な郷土料理屋「大吉」で温もりましょう。

「むかご」の天ぷら(酒の肴にぴったり)  かつおの巻寿司

大吉は週末とあって大賑わい。100種類ほどあるメニューが店内座敷を飛び交います。

かつおの餃子。これは単に珍しいだけのものでした。
うつぼの吹き寄せも「付き出し」に出ましたが、私は食べられなかった(ぐにゅぐにゅとして気持ち悪かった、ごめん!)

でも人気のある庶民の居酒屋は男女の笑い声や、メタボおじさんの乱れた姿態が、それだけでホっとする暖かさを感じます。飲んで食べて¥3,000也、南国土佐の最後の夜が まあるく更けて行きます。






  


Posted by 李欧 at 17:02Comments(0)旅 我流

2008年12月09日

日曜市

緑のレモン1個 30円


文旦・八朔・フルーツトマトなども格安です。


高知名物「朝の日曜市」は市内中心「追手前通」に大勢の観光客を集めて賑わっていました。
野菜・果物・植木・日用雑貨・水産加工品・アクセサリー・草花などなんでもござれで安い!


日曜市会場からは工事中の高知城天守も直ぐ近くに臨めます。


日曜市の隣には高知の名産品が並ぶ有名な「ひろめ市場」が有り、出来立ての朝食・昼食を楽しむ人々でいっぱい。昼間っから飲んでる人が多いのも、さすが「飲兵衛の土佐っ子」。


ひろめ市場の中の土佐銘菓「芋けんぴ」専門店。コーヒー味・シナモン・青海苔・柚子・生姜・塩ニンニク・・・グリコ・ポッキー顔負けの種類で人気を集めています。


坂本龍馬の巨大銅像でお馴染み「桂浜」。


♪♪月の名所は桂浜♪♪  太平洋に向かって右手の岩の上には神社、左手はるか彼方には室戸岬の影も見えます。
砂浜の一画にある大きな岩に私は「母石」と命名しました。海より大きな母の愛、かな?


桂浜から海沿いに西へ進むと「横浪半島」が有り、内海と太平洋の両方が臨めますが、特に太平洋側の海岸は絶景です。半島を横断する「横浪・黒潮スカイライン」は今は無料。
人里離れた半島の中に野球で有名な「明徳義塾」がありました。世間と隔離されたような環境で通学はどうしてるのでしょう。
(スクールバスがあるそうですが、こんな山の中にある野球部の寄宿舎はスポ根丸出しでなんだか恐ろしそう!ですね)
須崎市に入った展望台からは、中土佐の山に沈む夕陽が眺められました。足摺は遠くて見えません。


南国土佐の空の色は、前には太平洋以外もう何もないせいか碧さが違う!って感じです。

夜が更けて、元・藩主山内家の下屋敷だった「三翠園」の温泉に行きました。


露天風呂の目の前は「鏡川」。広大な敷地を持つ料理旅館は皆さん宴会の真っ盛りなのかお湯には誰も入っていませんでした。

ビジターでも深夜12時まで入浴OK.。3人集まれば団体扱いで¥700 バスタタオル¥100 浴用タオル¥50です。
中庭ではクリスマスキャンドル光の祭典が。


往時を偲ばせるものとして「旧下屋敷長屋門」がひっそりと。大河ドラマ「山内一豊の妻」の仲間由紀恵と上川隆也を思い出しました。

  


Posted by 李欧 at 14:40Comments(0)旅 我流

2008年11月04日

岡山 後楽園


1700年、藩主・池田綱政によって造られた「後楽園」は日本三名園(後楽園・兼六園・偕楽園)のひとつ。
岡山市内を流れる旭川の広大な中州全部を占め、幾何学文様の園路や曲水が楽しめる江戸時代の回遊式庭園です。


後楽園と言えば、広大な芝生と延養亭を望むこの景色が有名です。ここに丹頂鶴(園内で飼われています)が居れば絵葉書に。


季節ごとの花や木々を楽しみながら園内を散策できます。入園料は¥350. 65歳以上は無料。
蘇鉄畑で初めて蘇鉄の実なるものを見つけました。

田畑義夫の♪赤い蘇鉄の実も熟れ~る頃♪ 「島育ち」の歌詞を思い出しました。

園内の水辺にはいたるところに古い佇まいの庵があり、ほっとする空間を創っています。
たわわに実った柿。


夏には大輪の花をつける蓮池。


緋鯉が泳ぐ石橋のある庵。

流水に逆らって泳ぐ緋鯉。


この時期の定番「菊花展」もきっちり見られます。


旭川を挟んで向かい側にある岡山城は、1597年宇喜田秀家によって築かれ、外観が黒いことから「烏城(うじょう)」とも呼ばれます。
宇喜田⇒小早川⇒池田と時代の変遷を経ても黒い天守の姿は変わりません。昭和41年に再建。


もちろん、後楽園からも烏城は望まれますが近寄って仰ぎ見るほうが黒々金ぴかの天守に圧倒されます。


後楽園と烏城は正味・1時間余あれば充分堪能できます。




  


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2008年09月10日

備前焼

岡山県・備前市・伊部(いんべ)は備前焼の里として親しまれています。

青空に黒煙を上げて・・・どんな焼き物が出来上がるのかな?

「信楽」「立杭」に比べて高級なイメージが強い備前焼は、それでも人気は高い。
JR伊部駅を降りると直ぐ窯や工房が広がるので手軽に「焼きものの里 散策」が楽しめます。


狭い地区に固まってお店があるので、店選びはちょっと迷います。


個人的には陶器より磁気のほうが好きなので、購買意欲がない分、佇まいや雰囲気を楽しめました。
茅葺ギャラリーもあります。

これまで何度も伊部を訪れていますが、「備前焼は値段が高い」と感じるのは、その良さが分かってないからかも知れません。

10月18・19日には「陶器祭り」も開催されます。
http://www.touyuukai.jp/maturi.html
  


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2008年09月09日

牛窓


岡山県・瀬戸内市・牛窓は「ペンション」と「オリーブ」の町だと思ってたら、意外にも古い歴史ある町でもありました。

江戸時代には参勤交代の大名や朝鮮通信使が寄港し、往時の文化遺産も残されています。「海遊文化館」(元・警察署)や「街角ミュゼ牛窓文化館」(元・中国銀行)・「旧牛窓郵便局」などの洋館が「しおまち唐琴通り」に残ってます。
海岸沿いに細く伸びる「唐琴通り」にはこんな建物もあちこちに。

目の前は「前島」、その向こうに「小豆島」や四国の山並み。
「日本のエーゲ海」とパンフレットに書いてあるのはちょっと誇張かも知れませんが・・・・。
前島との間の狭い海峡「唐琴瀬戸」。

唐琴の瀬戸に立つ「燈籠堂」,航海の安全を見守って来ました。

狭い港町は尾道をぐっと縮小した感じ、到る所に焼き板塀の路地が見られます。

「本蓮寺」(室町時代建立)は三重塔を持つ古刹。唐琴通りの丘に建ち、朝鮮通信使の接待所でもありました。


「日本のエーゲ海」と呼ぶからにはやはりオリーブも重要な構成要因、ちゃんと「オリーブ園」もあります。
海岸通りのオリーブ並木には青い実もたくさんぶら下がってました。

ホテルのショップの「オリーブ製品」コーナー。


ヨットハーバー・ペンション・小奇麗なリゾートホテル、海・夕日・月光。
確かにカップルや女性たちが喜ぶ要素は充分揃っていて、実際、ファミリーやカップル、熟年女性グループが多く訪れていました。


でも、居酒屋がない、美味しい魚料理の店がない、アクセスが悪いなど、ネオン派ぐうたら男性客にとってはちょっと退屈な夜になるかも。

それでも「牛窓サンセット」は絵葉書のようでした。







  


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2008年08月04日

慶野松原


海水浴客で賑わう「慶野松原」も奥に入ると人影もなくひっそりとしていました。

昔は「西淡町」と呼んでいた慶野や湊は、今は「南あわじ市」になり兵庫県の一番南の市に。
ここは鬼瓦やいぶし瓦で有名な瓦の生産地。


いたるところに煙突が見え窯業の町らしい雰囲気をかもし出しています。
いろんな瓦や鬼瓦オブジェもたくさん見られます。


慶野松原の一画には、ホテルや国民宿舎も並び、夏は海水浴客で賑わいます。


砂浜が広いのでそれでも須磨に比べると「空いてる」感じがします。
海も結構綺麗で、久しぶりに泳ぎました。


真夏の田んぼ道。稲が青々と風に揺れて、あゝニッポンの夏!これがなくっちゃ。


湊の「さつき寿司」が休業だったため「さと味」寿司へ。
夏の瀬戸内の魚「べら」(右)がお刺身で食べられるとは・・・。
新鮮なアジともども姿作りにしてくれました。

淡路の夏の味、「はも」も当然プリプリ湯引きで。


漁師町・湊と慶野松原地区は川を挟んで隣どうし。
泳いで散策して町営温泉に浸かって魚を食べて(淡路牛の焼肉屋さんもありますが)・・・
日帰りではちょっとしんどいかも。
やはりリゾート気分を愉しむには1泊したほうがいいようです。

  


Posted by 李欧 at 23:39Comments(0)旅 我流

2008年06月15日

芭蕉のふるさと

松尾芭蕉が三重県の伊賀上野の出身だとは知らなかった。

芭蕉の旅姿をイメージした「俳聖殿」。
総檜作りで堂々とした外観、お城のある「上野公園」にある。

伊賀・上野には何度も帰郷してるそうで、「芭蕉翁記念館」では
「芭蕉の帰郷から見えるもの」展を開催していた。

42歳 「野ざらし紀行」
43歳 「鹿島紀行」
45歳 「笈の小文」(須磨・明石にも来る)
45歳 「更級紀行」
46歳 「奥の細道」と、芭蕉は旅が多く紀行句集も多い。
51歳、大坂で亡くなるまで、熟年になっての紀行の跡が
記念館ではランプが点灯する日本地図で展示されていた。


それにしても、俳句と言えば「芭蕉」と言われるほど有名なのに、
もう少し派手で分かりやすい総合テーマ館にして欲しかった な。
伊賀上野の「芭蕉翁記念館」(昭和34年開館)はとっても地味で暗いのです。

芭蕉が24歳で詠んだこんな句は新鮮でした。
職員がPCで手作りしたのでしょう、
投句を呼びかける紙が壁に貼ってありました。

伊賀上野と言えばやはり「忍者屋敷」(伊賀流忍者博物館)
が有名で、同じ上野公園内にあるこちらは大入り満員。
芭蕉翁記念館が外人3人しか居なかったのと対照的。

入館料700円でからくり屋敷の説明付き、更に200円出せば
「忍者ショー」も見せてくれる。子ども用衣装は6,000円、それでも
多くの子どもが忍者の格好をして走り回っていた。
知人に「伊賀上野」の忍者屋敷と芭蕉の故郷の話をしたら
「ああ、では芭蕉も各地を巡って藩の実情を探る隠密だったんだね、納得!」
なんて、うがった見方をする人も居ました。芭蕉が実は隠密忍者!凄い翔んでる発想。


伊賀上野の上野公園一帯は「上野城」「だんじり会館」「忍者屋敷」
「俳聖殿」「芭蕉翁記念館」「上野歴史民族資料館」などが集まっている
観光地、観光バスも集まってました。
市内には他に「芭蕉生家」「蓑虫庵」「伊賀くみひもセンター」「伊賀越資料館」
などがあり、銀座通りと言う小奇麗なストリートには「伊賀牛」の肉屋も
あります。
最近、梅田から直通高速バスが6往復開設されました。90分1,500円。
御堂筋・旭屋書店前乗り場から。

  


Posted by 李欧 at 15:03Comments(0)旅 我流

2008年06月15日

狸の里



滋賀県の信楽は町全体が狸でいっぱい!

どこを歩いても、どこを見ても、信楽焼きは「狸」しかないのか!と
思うくらい、徳利持ってブラブラさせた狸が歩いてる。

駅前の大狸、郵便ポストと大きさを比べて下さい。

滋賀県立「陶芸の森」。ここはちゃんとした企画展や展示も見られます。
陶芸の森のオブジェ「風の門」から見る信楽風景


町は道路も陶器が敷かれて観光客向けに工夫が見られる。
陶美通り。

炎美通り。

たぬきタクシーもあります。

町の通りには大小の陶器屋さんが並んでいます。
その殆どは狸の団体が向かえてくれるのですが、
中にはこんな小さなお店もあります。



  


Posted by 李欧 at 11:08Comments(0)旅 我流

2008年05月06日

京都あれやこれや


紙と布の五月五日。京都三条で。

東寺「講堂」の仏像は「立体曼荼羅」と呼ばれ、国宝が15体、
重文が5体、合計20体が並んでいます。
それにしても、もっと近くで明るくして見られるともっと有難いのに。

五重塔が丁度内部公開中、ここも相当暗かった。

いずれが菖蒲か杜若、五重塔の影を写す池。


いつも新幹線から見ていた東寺・五重塔。近くで見ると凄い大きい!
現存する日本最高の55m。
四天王像を見に行ったのだが、ついでと言っちゃ悪いけど「金堂」
(薬師三尊と十二神将) 「講堂」であんなに見事な仏像たちに会えるとは。
さすがは世界遺産でした。


「源氏物語 千年紀展」

紫式部のコーナーや屏風・絵巻のコーナー、写本コーナーなど、
日本人に愛されて千年も経つのかと人々の努力と愛着が嬉しい。
やはり女性の観覧者が多い。
三条の「京都文化博物館」で6月8日まで開催中。


友人に紹介された「暁斎展」、これは行って良かった!
才能豊かでエキセントリック。これだけの発想と才能があれば
現代なら間違いなく時代の寵児になっているでしょう。
135点にも及ぶ展示物は多岐に渡り、好奇心旺盛な諸兄には
お勧め。こちらは5月11日まで、京都国立博物館(東山七条)で。
雑誌「太陽」が解説書としては分かりやすい。



  


Posted by 李欧 at 18:58Comments(0)旅 我流

2008年01月05日

銀河鉄道の町

明治45年、東京とロンドンを結ぶ「欧亜国際連絡列車」が運行開始。
敦賀から船でウラジオストックへ渡り、シベリア鉄道で大陸横断、
パリやロンドンへ。敦賀港開港100周年を記念して1999年に松本零士の
「銀河鉄道999」のブロンズが町の通りに登場しました。

メーテルと鉄郎

雪の敦賀の商店街のあちこちに「銀河鉄道」と「宇宙戦艦ヤマト」の
キャラクターが並びます。雪国の「メーテル」、両眼にはつららの涙が・・。


日本3大鳥居の官幣大社「気比神宮」。
小さな境内には初詣客が大勢詰め掛けていました。


敦賀と言えば「蒲鉾」「小鯛ささ漬」「越前ガニ」「焼きサバ」などの海産物。
そろぞれの名店に行くのもいいけど、観光客向けには「日本海おさかな街」
がお手ごろ。数十店舗が一堂に集まって、宅配サービスもあります。


晴れた雪国は気持ちがいいものですが、横なぐりの雪が降ってる時は、
ホントに行動が制限されます。寒いし滑りやすいし「ああ、出たくない!」。
夕暮れの敦賀駅前広場。列車も遅れていました。
  


Posted by 李欧 at 16:10Comments(1)旅 我流
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